宮崎駿さん、インタビュー(中編)


宮崎駿さんインタビューの書き起こし続きです。
(前編はコチラ http://d.hatena.ne.jp/narumasa_2929/20150220/1424422738
前編、後編のつもりでいたのですが、長く意外と書き起こしに時間がかかるので、前・中・後の3回にします(笑)。


中編はアニメーションについて語られている部分がとりわけ興味深いです。
最近の宮崎さんのインタビューや記事で多いのが、『風立ちぬ』に関連した(もう1年以上経ちましたが)「戦争について」「憲法9条について」などのような気がします。
アニメーションそのものについて語るのが一般的なメディアで出てくるというのは、それほどないように思います。
しかし聞いて(読んで)みるとほんとうに面白いですね。
あれだけの作品を創ってきた方なんだから面白くないはずないですが、改めてやはり面白い。


小津安二郎さんを思い出しました。
小津さんは、映画で使う小物にはとことん関心を向けたそうです。
開けもしない戸棚の中にそこにあるべきもの(お菓子とか饅頭とか)を入れておいたり、
書画骨董は本物を使ったそうです。


宮崎さんの「0.1mm」の話を聞いてこれを思い出しました。
神は細部に宿る、でしょうか。
実に興味深い話です。


以下、インタビュー。


今何やっているんですか??


青木:単にファンなので、最近どうされているのかを聞きたいのですが。


宮崎:週休二日になっています。


青木:週休二日ですか? 五日間働いてらっしゃるのですか?


宮崎:ここに来てますけどね。ここで働いているのかと言われると、働こうと努力はしているけど、薪を割ったり、となりの保育園を覗きに行って邪魔してきたりとか。美術館の仕事をやっていますから、これが難題でして。さっきも実は大騒ぎをしていて。


青木:美術館の仕事とはどんな感じですか?


宮崎:企画展示というのがあって、思いついてしまうものですから、それを提案すると、結局思い通りにならなくて。今やっているのは、江戸川乱歩の『幽霊塔』という小説なんです。これ、僕が子供の頃に貸本屋で借りて、ものすごく面白かったんですよ。自分が歯車を描くのが好きになったのにつながった本だったんですけど、挿絵をみてびっくりしましたね、こんなにひどいものだったのかと(笑)。昭和12年の本を復刻したものですね。実は『ルパン三世カリオストロの城』という映画を随分前に創りましたけど、それの源流が『幽霊塔』だったんです。


青木:そうなんですか?


宮崎:そうなんです。そのままでやってませんけど。


青木:僕も『カリオストロの城』好きですけど、どこにそんな要素があったんですか?


宮崎:時計塔であること、それから片一方にローマの水道とつながってお城があるんですけど、それが一つの建物とくっついているのが幽霊塔の構造なんです。一番下に地下の迷宮があって、てっぺんが時計、それが映画ではそのままやってませんけど、一つの建物を舞台にして作られている作品というのは日本にはないんですよね。原作があったから、江戸川乱歩黒岩涙香も書けたんでしょうけど、イギリスの古い館を舞台にした小説があったから、日本のお城ってね、妖怪が住みつくにはいいけど、あとは構造的には使いようがないんですね。日本の建築物とうのは、壁の中が二重になっているかいったところで、金沢の方に忍者寺というのがありますけど、あんなもの掛矢一本もっていけば全部ぶっ壊せるでしょ(笑)、だめなんですよ、あれ。壁がクルッとひっくり返るとかね、掛け軸のところに穴があいているとかね。鈴木さんは好きかもしれないけど(笑)。構造的じゃないんです。ヨーローッパにいくと、石の壁のものすごい厚さだとか、本当に抜け穴があってここの広間に通じているんだとか言われたりね。そういうものを持っているのは西の文化のとこですよね。そういうものに憧れがあったものだから。「幽霊塔」にその片鱗があったわけです。


青木:幽霊塔を美術館で絵で再現するとか?


宮崎:いやいや、幽霊塔を建てちゃおうという馬鹿げた話で(笑)。


青木:どこにですか?


宮崎:美術館の中に(笑)。


青木:ははは(笑)


宮崎:こういう風に螺旋階段があるんですよね。鳥籠みたいになっているんですけど。実際小さい子が登ろうとすると途中でわからなくなって立ち止まったりしてるんですけど、それをすっぽり塔で覆うというね。どうなるんでしょうね(笑)。空気抜きの穴をいっぱいつけようとなっているんですけど、それをつくって迷路を作ろうとか。そうやって、まあ、迷路に入らないし、螺旋階段も登らない人のために一応もっともらしい展示をやらなければならないという。


青木:(笑)。大変ですね。


宮崎:大人が読むだけで子供は読みません。


青木:子供はそういうとこがあるだけで、行くだけで面白いですよね。


宮崎:子供たちは3%の原則って言ってるんですけど、どっか100人のうち3人が気に入ったものがあればいいという。トイレがよかったとかね、この半道がよかったとか、ほんとうにささやかなものでいいんですよ。出し物だけでお客さんの気持ちをみんな集めようとかそんな野心はもたない。


青木:どっかに子供がふらっとくるものがあれば喜ぶんですね。


宮崎:「くるみ割り人形」ってのを今やってますけど、「くるみ割り人形」のときも大騒ぎしたんですけど、こんな大きなケーキを作ったんですよね。触れるやつを。小さい子がまっすぐそこにいって触ったり、こっそり舐めたりね。舐めても味しないんですけど。それで満足して帰るんです(笑)。だから、大人のための展示と子供のための展示は違うんです。両方またがる人もいるけど、そういうことで考えると、「幽霊塔」も怖いぞお、というのと、幽霊塔がどういう形で江戸川乱歩までつながってきたか。実はそれは、もともとの一番の大元はイギリスのミステリーの祖といわれるグリフィー・コリンズという人の「白衣の女」っていう、白い衣の女というのがあるんですけど、そこまで遡るんです。ほんとに調べたらもっと遡るのかもしれないです。誰か論文を書かないかな、みたいな話になってきてて困ってるんです(笑)。


青木:宮崎さんが書かれるしか(笑)。


宮崎:いや、僕はそんなもの書く気しないんですけど(笑)。だから、忙しいんですよ(笑)。大半寝てますけどね、困って(笑)。


青木:これも陳腐な質問ですけど、引退されてアニメはやらんぞ、あんな苦労は御免だぞというご気分ですか?


宮崎:いや、美術館の仕事がありますから、創る可能性はあると思っています。ただ、まあ、良い時に辞めるって言ったんですよね。フィルムがなくなった、アニメーションにコンピューターが入り込みすぎて、スタッフの脳みそがコンピューター化してるっていう、そういう時に引き合わせて、もういいよっていう感じが僕の中にありますから、だから、これで無理して手描きの現場を作る必要があるかと、それから無理してCGでセル画風に画面を作るとかね、そういうことをやる意味があるだろうかと、ないですよね。もう隠居していい歳だから。だからそれはやらない。それはそれでいいんじゃないかと思ってます、僕は。


青木:今聴きながら思ったんですけど、アニメの長編を作るというのに対する思いと、美術館で幽霊塔のことをやるのとは、情熱のボリュームは変わらないんですか?


宮崎:情熱のボリュームは変わらないです。ただ手間はアニメーションは、もう、やりたくないことをいっぱいやらなければならないです(笑)。


青木:やりたくないことっていうのは、細かいこと…


宮崎:いや、細かいことだけじゃなくて、この絵なんかでも「なんだこりゃ!?」っていう思うようなのがありますけど。この人の名誉のために名前は言いいませんけど。あの、ほんとにね、些細なことだけど、アニメーションをやった場合に「これじゃ、だめだ」っていうのが出てくるんですよ。ちょっと今お見せしますよね。あれ、ええっとねえ、どこかにあったんですけど。。。この男がロウソクをもってるでしょ、これちょっと火がついてませんけど。あのね、ロウソクこうやって持たないですよ。蝋ってのは垂れてくるものですから、こうやって持ちます。こうやって描くというのは、この人、ロウソクをもつっていうのを感応的に理解していない証拠なんですよ、この人。こうやってロウソクもって火をつけて歩いたら、垂れた蝋が全部手にかかるじゃないですか。最小限にするためにこうやってもちますよね。それはダメでしょう。そういうことを直さなければならないのです、アニメーションは。大抵のやつはこうやって持ちます(笑)。


青木:それはだけど、宮崎さんはそう思われかもしれないけど、僕は「ああ、ロウソクもっていうな」としか(笑)。


宮崎:それはですね、映画の効果としては0.1mmの差なんです。0.1mmくらいの差だけど、それを抜かりなくやらないと、映画のリアリティってのは最後に1mmくらい違ってくるんです。せいぜい1mmくらい(笑)。そういうもんだと思うんですけどね。それはほんとに長編のときはしんどいですね。


青木:そういう染み付いたものが抜けないから、こういう読んでてもロウソクの持ち方が気になっちゃうわけ…


宮崎:気にならないです。こいつ下手だなと思うだけで(笑)。基本的に物を観察していない証拠です。絵の訓練はしたかもしれないけど、人の絵の真似してね。だけど人間を観察していないです。これはもうね、人間を観察してるかどうかっていうのは瞬時に伝わってきますから。あの、型で絵を描いたらダメなんです。アニメーションは特にそうです。気の毒な絵描きさんですけど、例に出されて(笑)。