連休中は映画をたくさん観ました。


今年のお盆休みは長かったです。
8/10~18の休みの間、戦争関連のテレビ番組、本にたくさん触れました。
今住んでいるところにはJ:COMがもとから入っていることもあり、その中の映画チャンネルでたくさんの戦争関連の映画が放送されていました。
とりわけ素晴らしかったのが、『名もなく貧しく美しく』。戦争そのものが主題ではなく、「戦後の生活」を描いたものですが、これが実に素晴らしかったです。高峰秀子さん、小林桂樹さん主演。聾唖者二人の戦後の生活は実に過酷ですが、実に逞しいものでした。もう一度観たいと思い、観られる動画サイトを探したのですが、どうやらないようです。DVDレンタルでさらに探してみたいと思います。

 

戦争そのものを描いたものもいろいろと観ました。
連合艦隊司令長官 山本五十六』(1968年公開・丸山誠治監督/三船敏郎主演)、『野火』(2015年公開・塚本晋也監督/主演)、『私は貝になりたい』(1958年放送・加藤哲太郎原作/フランキー堺主演)、『ビーチレッド戦記』(1967年・コーネル・ワイルド監督主演)、『スターリングラード』(2001年・ジャン=ジャック・アノー監督/ジュード・ロウ主演)、『ひろしま』(1953年公開・関川秀雄監督/岡田英次山田五十鈴など)。これに、『日本のいちばん長い日』の1967年版(岡本喜八監督)、2015年版(原田眞人監督)の2本も観ました。
2015年版『日本のいちばん長い日』が劇場公開された際の感想がブログにありましたので、再掲します。今読んでも「なるほど」と思います。

 


以下、2015.8.12掲載
「今日の一作 〜 映画『日本のいちばん長い日』」

今日の一作 〜 映画『日本のいちばん長い日』 - 森の中の畑は森か

 

※ ネタバレあり


ここのところ、『野火』、『グローリー』と立て続けに素敵な映画を観ましたが、この作品もその流れに十分入る映画です。
「このタイミングだし観ておこう」くらいで観に行ったのですが、いやはや驚きました。
実に素晴らしい映画で。日本の戦争についてかなりの数の作品がこれまで作られてきていますが、その中でも相当質が高い作品だと僕は感じました。
それは、「真実が描かれている」とか、「戦争の批判が鋭い」とかそういうありがちなレベルではありません。(何が「真実」なのか僕にはわかりませんし)
「あの戦争そのものの一端がここにあるんではないか」という、根本的な部分に対する思考、さらに表現にチャレンジしていて、成功しているといった、「ありがち」を一段も二段も飛び越えているレベルにある映画なのです。
その具体的なところを書きたいと思います。

 

ポツダム宣言に対してどのように対応するか」がメインになっていて、それが最大の盛り上がりを見せた昭和20年8月14日を「日本のいちばん長い日」として描いています。
8月14日は昭和天皇の「ご聖断」がなされた日であり、これにより終戦が決定されたという「事件」なわけですが、これが要因になった別の「事件」が次々に起こりました。
陸軍のクーデター事件がその最たるもので、この映画でもそこは厚く描かれていました。
それもあって、この映画には陸軍、特に若い将校がたくさん出てきます。
彼らはよくしゃべります。とにかく自分の明確な意見を発します。
ただ、映画を観ながら感じたことは、「聞き取りにくいな」ということでした。
それはある種のストレスでもあったのですが、途中で気づきました。
「ああ、これこそ当時の陸軍軍人だったのか!」と。
「彼らは相手に届ける言葉を必要としていなかった。ただ自分の意見を述べることに集中して言葉を発していたのではないか!」
その象徴的な場面がありました。

 

東条英機が首相の座を降りたあとも何かと陸軍内における力を誇示しようとする場面が前半に複数あります。若い将校が集まる場所にも顔をだします。
そこで彼らに東条は質問します。その瞬間、「○○○であります!」と端的な歯切れのよい言葉で将校は答えます。他の将校も間髪を入れずに「○○○であります!」とこれまた要点のみの答えを発します。
東条は「よし!」といってその場を離れていくのですが、どうみてもそれは対話ではないのですね。
受験のときに散々勉強した一問一答です。
質問と答えを結ぶだけの作業しかそこにはありません。思考もなければ、それに基づくアレンジもありません。決まった言葉が答えなのです。
そしてその場面ではそれが求められていて、思考を介した自分流などまったくいらないのです。
質問したら、即回答する。それが「正しいふるまい」なのです。
そして重要なことは、そのふるまいが上記のような場面だけでなく、帝国陸軍(海軍も含まれるのでしょうが)におけるスタンダードだったのではないか、ということです。
つまり、帝国陸軍において「考えるな、覚えろ」ということが正解であり、それをできる人間が優秀とみなされたのではないか、ということです。
それがどのような状況を生み出すかを想像してみると、それは恐ろしいものになります。
対話がない、です。
常に返ってくることを考慮されずに、乱暴に投げつけるものであり、それは相手に届かなくてもよいものである言葉。
そのような言葉が帝国陸軍内では当たり前のものとして飛び交っていたのではないか、と想像してしまうのです。
そのような言葉は相手を想定していないので、相手が理解する必要性など二の次です。
大きな声でいかに即答、反応するか。それが「正しいふるまい」である組織において、相手に「聞こえますか?」などという気遣いは無用です。
そうすると、軍人の言葉の聞き取りにくさにストレスを覚えたとさきほど書きましたが、実は軍人同士も「聞き取りにくい」という状況にあったのではないでしょうか。
映画の観客だけの感想ではなく。
そしてその「聞き取りにくい」状況が普通であった帝国陸軍は、思考よりも、大きな声、淀みない言葉=決まった言葉、または自分が強烈に信じる言葉が圧倒的に力をもっていた組織だったのではないでしょうか。

 

ここにこの映画の素晴らしさがあると思います。
映画としては観客に聞き取りにくさを与えることはマイナスでしかありません。
どんな時代背景でもそれを無視して、観客に配慮するのが普通の映画です。それはそれで間違いはないでしょうが、この映画はその配慮をしませんでした。
それは制作のミスでも、観客を無視したわけでもありません。意図です。
「聞き取りにくさを感じてください」という意図です。
なぜなら、その「聞き取りにくさ」こそが帝国陸軍の特徴の一つだったのではないか、という考えによるからです。
そして、特徴を浮き彫りにすることは、その組織が大きな力をもって実行した日中戦争、太平洋戦争の特徴を表現する手段として極めて有効であるということです。
その意欲をこの映画から感じられます。
昭和前期の日本の戦争は後世からみると「なんでこんなことやったの?」という疑問がそこらじゅうにあるものです。様々な検証がされていますが、言葉の問題という根本にもその要因があったのではないでしょうか。思考を重要視しない組織であれば、アホなことをやってもある意味おかしくありません。

 

言葉の問題でいえば、もう一つ象徴的な場面がありました。
8月14日、陸軍将校が皇居(宮城)に乱入して占拠する場面です。
宮内省の侍従二人が天皇防空壕である御文庫に行くのですが、そこへの道に軍人が大勢います。
それをみて二人はひそひそ話をします。
「御文庫に行くというのはまずそうだ。御文庫に戻るというのはどうでしょう?」
「言葉の問題か?」
という会話の直後、軍人に
「御文庫に戻るのですが」と言うと、すんなりと通ることができました。
「言葉の問題でしたね」と侍従が小さな声でいってその場面は終了します。
くすっと笑ってしまいそうですが、ここは極めて重要な場面だと思いました。
この場面、急に挿入されているのです。特になくても映画の流れ上、まったく問題ありません。
そういう場面は大きな意味があるというのが物語の定石です。
この場面の意味とは?
それは、まさに言葉の問題でしょう。
「御文庫に行く」はまずいけど、「御文庫に戻る」はよい。
これは戦時中軍部が多用した言葉の言い換えを表現したものでしょう。
「撤退」を「転進」といい、「全滅」を「玉砕」といった言い換えです。
この場面は、帝国陸軍(海軍もでしょうが。しつこく)が言葉を疎かにし、弄んでいたことを意味するものと思いました。
「言葉なんてどうにでもなるんでしょ」という、言葉の軽視が当たり前のようになされていた帝国陸軍
そのことを無理やり差し込んだ意味はしっかり考えるべきことです。

 

この映画は、帝国陸軍における言葉の問題を主題にしたものだと思います。
ありきたりな反戦映画でもなければ、記録映画でもない。史実映画でもない。
このような視線からあの戦争を描いた映画を僕は他に知りません。
この映画の素晴らしい所以です。
本当に勉強になりました。言葉の問題から戦争を考えること。

「武器輸出三原則」を「防衛装備移転三原則」、安保法制を「平和安全法制整備法案」などと言葉を言い換える人がいます。
この映画は、言葉の言い換えをする人間、組織に注意しろ、と観る者に訴えています。

映画『新聞記者』がなぜ [特別]なのか?

映画『新聞記者』を観ました。
(以下ネタバレあります)

 

 

 

先週金曜日6/28(金)から公開になった映画です。公開前から話題になっていた映画なので、なんとなく知っているという方もいるのではないかと思います。
その話題になっていた大きな理由は、現在進行形で起こっている政治問題を(フィクションという形ではありますが)取り上げていることです。

実際に観て確認したところ、
加計学園問題
前川喜平氏の出会いバー報道問題
・山口敬之レイプ不逮捕問題
が率直な形で取り上げられていて、
森友学園文書改竄問題に関する官僚の自殺
も間接的に扱われています。

これらは今もって解決したわけでも、終了したわけでもないものばかりです。
まさに現在進行形。
ちょっと前に日本でも公開になった『バイス』という映画があります。
ジョージ・W・ブッシュ政権で副大統領を務めたディック・チェイニー氏を題材にした映画ですが、彼が副大統領だった時期は2001年~2008年です。今から11~18年前になります。
また、2017年制作の『ペンタゴンペーパーズ/最高機密文書』という映画も話題になりました。この映画は、ベトナム戦争を分析・記録したアメリカ国防総省の最高機密文書=通称「ペンタゴン・ペーパーズ」の内容を暴露した2人のジャーナリストの実話をもとにしたものです。
バイス』にもしろ、『ペンタゴンペーパーズ/最高機密文書』にしろ、政治に対峙する優れた映画ですが、それでも題材はあくまで「過去」です。
「あの時こういうことがありましたよ」という体裁です。
政治に対する映画はこれまでに数多く作られてきましたが、(その中で優れたものもまた多いです)基本「過去」を扱ったものがほとんどです。というか、全て、かもしれません。
映画制作を考えればそれは「当然のこと」ですね。
企画から、制作から、撮影から、編集から、宣伝からなどをひっくるめれば年単位の期間がかかる映画制作において、「今」を扱うことなど不可能に近いことです。
『新聞記者』はエグゼクティブプロデューサーの河村光庸氏のインタビューによると、企画始動から2年弱だそうです。

 

エグゼクティブプロデューサーの河村光庸氏インタビュー
「公開日にも確たる意図 映画「新聞記者」なぜリスク取った」

www.nikkan-gendai.com

通常ならどんなに急いで制作しても、上映される頃には「過去」になっているのが宿命ともいえる映画というフォーマットにおいて、“奇跡的”にも「今」のままであることにおいて、『新聞記者』は世界中見渡しても極めて珍しい映画と言えます。

ただ考えてみれば、一夜にして完成したわけではない『新聞記者』自体が特別なのではなく、映画の企画始動の2年弱前の問題が何の解決もすることなく、「未だに問題であり続ける状況」こそが特別だということに気付きます。
それは異常ともいえますが、それこそがこの映画を「今」を扱う映画に押し上げているというところに情けなさや悔しさや怒りや悲しみ、、、そんな入り混じった感情が湧き上がってきます。

この異常さ=「未だに問題であり続ける状況」を作ったのは誰でしょうか?
安倍政権でしょうか? 自民党でしょうか? 何をやっているのか不明な公明党でしょうか? 野党でしょうか? 官僚でしょうか? マスコミでしょうか? 国民でしょうか?
その全てでしょう。それに名を与えれば、「日本」という言葉にならざるを得ない。

加計学園問題を引き起こした(断言します)安倍氏、それを隠し、どうにか取り繕おうとする官僚、問題視しない自民党公明党、その問題を国会内外で追及しきれなかった野党(安倍氏、官僚などの明確な回答をしない度し難い態度も要因)、問題を“伝える”ことに国民の状況をみるとある意味失敗したマスコミ、加計学園問題の数多ある問題について考えない・知ろうとしない・許容してしまう国民。
それら全ての共同作業として、「未だに問題であり続ける状況」を作っているわけです。“オールジャパン”で仲良くて結構ですね。

今の日本だからこそ、『新聞記者』は特別な映画になったのです。
2017年5月に問題化した加計学園問題が、例えばその年のうちに解決(すべてが明らかになり、関連した人間が処罰される状態。当然主導者安倍首相は辞任)していれば、『新聞記者』は、『バイス』や『ペンタゴンペーパーズ』などの過去の政治系・ジャーナリスト系映画と同様、「過去」を描く“普通の”映画になったはずです。

この映画、それにまつわることは「2010年代の日本」を映すものとして記憶されるべきでしょう。
その意味もこめてブログに記しておきます。

そこあるのは、激しい怒りのみ。

自民党桜田義孝前五輪相(衆院議員)は29日、千葉市で開かれた同党参院議員のパーティーで、少子化問題に関連し「結婚しなくていいという女の人が増えている。お子さん、お孫さんには子供を最低3人くらい産むようにお願いしてもらいたい」と述べた。

 

www.yomiuri.co.jp

5/29(水)の桜田義孝氏の発言です。

 

その前日、5/28(火)に仙台地裁で旧優生保護法による強制不妊についての判決がでました。

www.asahi.com

判決はまず、子どもを産むかどうかを自ら決定できる「性と生殖に関する権利(リプロダクティブ・ライツ)」が、幸福追求権などを規定した憲法13条によって保障されていると判断。不妊手術を強制された原告らは幸福を一方的に奪われ、「権利侵害の程度は極めて甚大」と指摘し、強制不妊に関する旧法の規定は違憲、無効だと判断した。

 そのうえで、「不法行為から20年が経過すると、特別の規定が設けられない限り、賠償請求権を行使することができなくなる」ことを前提に賠償責任を検討。旧法が1996年に改正されるまで存続したことや、手術を裏付ける証拠の入手が難しいなどの事情を考慮し、「手術を受けてから20年が経過する前に損害賠償を求めることは現実的に困難で、立法措置が必要不可欠だ」と述べた。

 

という判決で、「旧優生保護法違憲だけど、賠償は認めない」という、わかりにくいものでした。

この判決に対し原告の方々は控訴するそうです。

 

この原告となった方々は、宮城県内の60代と70代の女性です。

国によって、権力によって、法によって、子どもを産めいない身体にされ、出産の機会を奪われた方々です。

そして、それらによって強制的に生き方を変えられた方々です。

お二人は十代半ば不妊手術を受けさせられたそうです。

www.tokyo-np.co.jp

この後50年間、60年間をどんな想いで生きてこられたのでしょうか。

それを想像すると涙が、出てきます。

 

強制不妊されたお二人の哀しみが癒されない判決が出た次の日に、桜田義孝氏は「結婚しなくていいという女の人が増えている。お子さん、お孫さんには子供を最低3人くらい産むようにお願いしてもらいたい」と発言したそうです。

 

この惨たらしい仕打ちは何なんでしょう。

子どもを産む機能を強制的に奪っておいて「子どもを産め」ですか。

 

彼が旧優生保護法のことを知っているかあやしいものですが、万が一知っていたとしても、「自分が制定したわけじゃないし」くらいのものなのでしょう。他人事なのでしょう。

しかし、政治家は、例え自分が生まれる前に制定された法であっても現在に影響があるなら、その法の責任を取るべきです。政治家誰もが「私が制定したわけじゃないし」と言い出したら、その法の下で生きてきた、影響を受けた人々はいかように救われるのか? その連続性が国の形です。その連続性を失ったら国は壊れます。(それは外交においても同じです。80年前の戦争であっても、被害国々があり、被害者々がいる現実は変わらない。その責任を「私の生まれる前なので」と放棄したら、それら国々との関係はひどいものになります)

桜田氏も当然、旧優生保護法の責任を負っています。

彼はそんなことを考えもしないのでしょう。

 

彼が政治家としてその資格がないことはとうの昔に明らかになっていますが、今回の発言で人間としても度し難くレベルが低いことが明らかになりました。(分かっていましたが)

子どもを強制的に産めない身体にさせられた二人の哀しみが広く報道された次の日に、「子供を最低3人くらい産むように」と発言した桜田氏。

 

そこあるのは、激しい怒りのみ。

 

 

優生保護法により、2万5000人に不妊手術が行われ、うち約1万6500人は強制だったそうです。

 

【旧優生保護法

「不良な子孫の出生を防止する」という優生思想に基づき、1948年に施行された。遺伝性疾患や知的障害、精神疾患などを理由に不妊手術や人工妊娠中絶を認めた。不妊手術の場合、医師が必要と判断すれば本人同意がなくても都道府県の優生保護審査会の決定を基に強制的に実施でき、53年の旧厚生省通知は身体拘束や麻酔薬使用、だました上での施術を認めた。差別的条項を削除した母体保護法に改定される96年までに約2万5000人に不妊手術が行われ、うち約1万6500人は強制だったとされる。

 

 

加藤典洋さんが亡くなりました。

加藤典洋さんが5/16(木)に亡くなっていたことが、昨日報道されました。

肺炎だったそうです。71歳。

 

www.asahi.com

ちょうど今、加藤さんが書かれた『9条入門』を読んでいたところなので、なんとも言えない気持ちです。

www.sogensha.co.jp

僕は加藤さんの著述をたくさん読んでいるわけではありませんが、とても大事なことを教えていただいた、と勝手に思っています。

『言語表現法講義』という本が印象深いです。

www.iwanami.co.jp

この本の中で、加藤さんはこんな言葉は使っていなかったと思いますが、僕が今でも大事にしているものがあります。

それは、

「批評をするには、正直な人、誠実な人、善き人でなければならない」

といった内容です。

この本の本筋とは違うものだったかもしれませんが、このことがそれ以来ずっと頭の中にあります。そして、自分が文章を書く時、必ず思い出します。

とても大きな教えになりました。

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

2019年は、橋本治さん、加藤典洋さんが亡くなりました。

 

狩られた言葉

「日本固有の領土」⇒「我が国が主権を有する島々」

www.asahi.com

「ミサイル」⇒「飛翔体」

this.kiji.is

「武器輸出三原則」⇒「防衛装備移転三原則」

www.mod.go.jp

 「欺瞞」の実例です。

天皇が“右傾化“したら?

ここ数日、新聞を読めば、ラジオを聞けば、テレビを見れば、「平成最後だ」、「令和最初だ」、「ありがとう平成だ」なんだかんだなんだかんだ聞かない時が一瞬すらない感があります。そういうものにはなるべく触れないようにしよう、と思って時間を過ごしているつもりですが、それでも目に耳にちょいちょい入ってくるので、世の中ほんとにそれ一色なんだろうなあ、と想像します。お疲れ様です。

 

そんなわけで「元号がかわってわーいお祝いだ」、ということに興味関心はありませんが、天皇が変わるということにはとても興味あります。しかし、困ったことに、天皇がかわることの何に興味があるのか自分でも具体的にわかっていませんでした。自分の人生で2回目の天皇替わり、という稀少さに対してなのか、生前退位というこちらは自分の人生においての初体験に対してなのか。そういうことではなく漠とした“歴史的行事”というものに対してなのか。

 

そんな興味をもっていた自分ですが、「ああ、なるほど」と思ったある新聞記事がありました。5月2日(木)の東京新聞こちら特報部」というコラムです。このコラムはその時々の話題を“東京新聞の視点”で論じる名物コーナーです。5月2日のテーマは「象徴天皇を考える」というものでした。「象徴天皇って何よ?」について複数人の専門家の方々が語る、というスタイルでした。その中で明治大学山田朗教授(近現代史)のコメントがとても印象に残りました。引用します。

 

天皇が代わるたびに象徴の中身も変わりかねないという問題もある。平成は被災者など社会的弱者に寄り添う方へ向かったが、違う方向へ拡大する可能性も否定できない。と指摘。「本来は、そうならないよう主権者の国民側が法律を作り『象徴』に枠をはめるべき。ただ、国会もマスコミも自由な意見を言える雰囲気がない。天皇の行為に対するチェック機能がかけている」と憂う。

5月2日(木)東京新聞こちら特報部

 

 

これを読んである本を思い出しました。『憲法が変わるかもしれない社会』(文藝春秋)という本です。この本は作家の高橋源一郎さんと、憲法学者の長谷部恭男さんや映画監督の森達也さんなど6名の方々による明治学院大学の対談を収録したものです。この6名の中に政治学者の原武史さんが登場します。原武史さんといえば、同書で高橋さんに

 

天皇制について考える時、片山(杜秀)さんと原さんの本は必読だと思っているのですが(P98)

 

 

といわしめる方で、『大正天皇』(朝日新書)、『昭和天皇』(岩波新書)、『皇后考』(講談社)、『平成の終焉 退位と天皇・皇后』(岩波新書)などの“天皇もの”をたくさん書かれています。『憲法が変わるかもしれない社会』での高橋さんとの対談テーマももちろん「天皇について」です。対談自体は2018年3月6日に行われたようで、平成天皇の「おことば」(2016年8月8日)を軸に展開されています。その中で印象深い箇所を、少し長いですが引用します。

 

原 (平成天皇・皇后の)そうした行啓や行幸啓をずっと繰り返して、今日に至っている。逆に戦前だったらここまでのことはできないから、行幸だけでなく学校で教育勅語を暗唱させるとか、御真影を仰がせるようなことをしていた。要するに、間接的だったわけです。それを完全に直接的なものにして、とにかくしらみつぶしてで回っていくというのは、はるかにインパクトも大きい。そうすると、実はいまが一番、草の根というか、底辺からの……。

高橋 天皇主義みたいなものが成立していく。

原  そうです。まさにそうしたものが浸透してきている現状をどう考えるか、ということなんです。

(中略)

原  いまの天皇皇后のやり方(行啓や行幸啓を頻繁に行うこと)というのは、ほんとうに一人ひとりと関係性をつくっていく。

高橋 しかも、目線は同じ高さで(笑)。まさに君民一体ですね。

原  そう、文字通り一対一で相対していく。そこの間は、誰も邪魔していない。いわばミクロ化した国体が、そうやってずっとつくられていっている、というのが僕の解釈で、それは国民主権の原則を揺るがしかねないと考えています。

(中略)

高橋 その上で考えたいのが、今上天皇の象徴としての行動です。先ほど触れたように、象徴天皇制は何によって成り立つのかについては、憲法に書いておらず、解釈可能なものになっています。そして現時点では、今上天皇自身が解釈している。いわば行動主義的に、慰霊の旅も行き、行幸もして、国民と一体になって国民の信を勝ち得るというのが、象徴天皇の務めである、と。「おことば」でもそう言っています。

原  その点について補足すると、天皇の活動は、国事行為と公的行為、そして私的行為に大きく分けられますが、公的行為と私的行為については規定がない。宮中祭祀だって戦後は天皇の私的な行事になったわけだから、全然やらなくてもいいんです。年がら年中やっていても、それは彼らの家の話だから、となる。行幸にしたってそうですよね。

高橋 ほんとうは、行かなくてもいいんですよね。

原  はい、別に何も規定はないんです。それを何か漠然と、公的行為として位置づけている。すると、歯止めがきかないことが起こってくる。僕が憲法学者に一番聞きたいのは、平成になってこれだけ肥大化している公的行為をどう思うのか、ということです。国事行為のように、何らかの法的な規定があれば、その枠内で活動が制限されますが、それが全くないことが、皮肉にも、明治、大正、昭和、平成の中で一番そうした行為を増大化させてきたことの、確かな一因ではある。ですから、憲法上に何か具体的な歯止め、枠を設定するということが必要なのかもしれません。

(中略)

原  大日本帝国下でも、行幸についての規定はありませんでした。だからこそ、歴代の天皇の最良によって行動が変わってきたわけです。現天皇が今度、上皇になることも重要ですね。するともう国事行為はやらなくなりますが、私的な活動まで制限できなくなる。「これは私的な外出だ」と称して、各地に赴くことが許されるようになるんですね。

(P250)

 

 

ここでもまさに「憲法における象徴天皇」について語られています。時間軸的には、さきほど引用した東京新聞の「象徴天皇を考える」よりも当然前にこの本を読んでいるのですが、読んだ時は正直ピンとこなかったのが実際のところでした。ただ何となく気になっていたのでしょう、「象徴天皇を考える」の引用箇所を読んだ時、「あ、これ原さんが言ってたことにつながりそう」と瞬時に思い出し、『憲法が変わるかもしれない社会』を本棚から引っ張り出したわけです。改めて読んでみると、「ああ、なるほど」と。そして、「これは怖いことだぞ」と。「わーい、令和」とか言っている場合ではないぞ、と。僕が天皇の変更について興味がある、と思っていたこともまさにこれだったのです。(原さんの言っていたことを理解できないながらも、何となく気になる、状態だったので、自分が天皇の変更の何に具体的に興味があったのかはっきりしていなかったのでしょう)

 

原さんが指摘されているとおり、平成天皇の行啓、行幸啓=一対一での相対は国民に高く評価されている、という調査結果がでています。

 

読売新聞 2018年10月~11月 郵送全国世論調査「平成時代」

◆あなたは、今の天皇陛下に、親しみを感じていますか、感じていませんか。

・感じている          44

・どちらかといえば感じている  37

・どちらかといえば感じていない 12

・感じていない          7

・答えない            1

◆平成の時代を通じ、皇室と国民の距離は、近くなったと思いますか、そうは思いませんか。

・そう思う            32

・どちらかといえばそう思う    45

・どちらかといえばそうは思わない 14

・そうは思わない          9

・答えない             1

天皇陛下がこれまで取り組まれてきた活動のうち、あなたが、とくに意義深いと思うことを、3つまで選んで下さい。

・国際親善のための外国訪問      63

地震や水害などの被災地訪問     84

戦没者慰霊のための戦跡地訪問    56

国民体育大会などの行事への出席   12

・閣僚の認証や国会召集などの国事行為  4

・国の安寧を祈るなどの宮中祭祀    23

・その他                0

・とくにない              6

・答えない               1

◆今の天皇制について、次に挙げる意見のうち、あなたの考えに最も近いものを、1つだけ選んで下さい。

・今の象徴天皇のままでよい             79

・元首の地位を明確にし、天皇の権限を強めた方がよい  4

天皇制は廃止した方がよい              6

・関心がない                    10

・答えない                      1

 

 

www.yomiuri.co.jp

 

平成天皇の「象徴天皇としての行為」=地震や水害などの被災地訪問、戦没者慰霊のための戦跡地訪問、それに基づく天皇自身が高く評価されているのが分かります。令和天皇に「親しみ」を感じる人が82.5%、という世論調査結果も平成天皇の「象徴天皇としての行為」が大きく影響を与えているのではないかと思います。

 

www.msn.com

 

ただこれら平成天皇の「象徴天皇としての行為」は、日本国憲法には規定されていない、原さん曰く「私的行為」なわけです。Made by 平成天皇な行為。これが意味することは、令和天皇をはじめ、今後の天皇が同じことをするとは限らないということです。(平成天皇は2016年8月8日のおことばの中で、「象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ~」と、絶えず引き継がれることを望んでいますが)規定がないので自分で考えるしかないわけです。実際、即位に際しての令和天皇の「お言葉」の中に「象徴天皇が何なのか」という具体的な内容はありません。

ここで思うのです、象徴行為として「一対一で相対」できる(=行幸行幸啓)存在である天皇が、「憲法なんて守る必要はないよね」とか言いだしたらどうなるのだろう?と。そんなことを天皇が直接的に言っても、一般国民には伝わってこないでしょうが、例えば令和天皇の「お言葉」の中の、

 

国民を思い 憲法にのっとり 象徴としての責務を果たすことを誓い

 

 

という箇所が、

 

国民を思い 象徴としての責務を果たすことを誓い

 

といった“ささいな”形でなされたら? そしてこれが常のことになったら?

これに対して、仮に「天皇は政治的な力もないし別に関係ないでしょ」という言葉がでてきたら、「本当に?」と真面目な顔して問い返します。ここで再度『憲法が変わるかもしれない社会』より引用します。

 

原  憲法の精神を前景化する象徴としての天皇の行為というのは、受け取る国民の側の問題でもあると思います。たとえば今上天皇が地方や離島などに行った時、現地の人々はその姿に国民統合の象徴をみるのか? あるいは平和憲法への問いかけをするのか? 端的に言って、「神様が来た」と思うんですよ。それは戦前のみならず、戦後でも同じなんです。全く変わっていない。皇太子時代を含めて地方紙をかなり読みましたけれど、ほんとうに何も変わっていない。

高橋 まさに現人神のまんまですね。

原  戦後の沖縄県を除けば万歳の嵐と日の丸の波、そして町や村はじまって以来の空前の人出です。「奉迎」一色になる。皇太子や天皇を迎える彼らの側のメンタリティは、全く変わっていない。先ほど戦前のイデオロギー教育について触れましたが、いまは教育で形作られた天皇像ではなく、民俗学的な意味での生き神になっている、とも言える。さらに言えば、民俗学的には別に天皇じゃなくてもいいのかもしれない。昔から生き神、生き仏と言われた人たちがいるわけですが、外部からマレビトがやってくると、同じような反応を示してきたわけですから。

(P256)

 

 

端的に言ってしまえば、既存の政治勢力とは異なった“天皇勢力”が生まれ得るということです。そんな勢力が「憲法なんて守る必要はないよね」と言いだしたら? 現人神に直接触れた人がその言葉を聞いたら?

憲法を守る云々はあくまで一つの例です。なんでもよいです、「憲法は絶対に守らなければ」でも、「戦争ってやっぱ必要だよね」でも。それらの言葉が時の政治勢力と同一の方向に向いたとき、大きな力を発揮するように思えてなりません。平成天皇・皇后の護憲精神は、安倍氏の方向性とは真逆のものだったと思います。そこにはある種のバランスがありました。そのバランスが崩れたら? 雪崩をうって一気に事が進む可能性を感じます。(憲法のことでいえば、いわゆる護憲でも、改憲でもどちらでもその可能性があります)

 

これこそ、「これは怖いことだぞ」です。何にも規定されていない、天皇自身が創出できる「象徴的行為」によって生まれ得る“天皇勢力”。

「象徴天皇」という概念が生まれて本日(2019年5月3日)でちょうど72年になります。

平成天皇生前退位は、その意味を考える契機にしなければならないと強く思います。チェックし続けるためにも。

次の元号が決まったそうです。


みなさんご存知でしょうか、次元号が「令和」に決定したそうです。
あ、知ってますか。
(「れいわ」で変換したら一発で「令和」がでてきました)

「れいわ」、なかなか良い響きです。

この令和、


万葉集にある歌の序文「初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前(きょうぜん)の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす」(書き下し文)から二文字をとった。


そうで、


日本で記された国書に由来する元号は確認できる限り初めてとなる。

新元号は「令和」(れいわ) 万葉集典拠、国書由来は初 [令和]:朝日新聞デジタル


そうです。

元号は645年の「大化」からというのが一般的のようで、それを基準にすると今年で1374年間の歴史があります。
その間二百四十七の元号が定められてきたそうです。
そんな長い期間で、「日本で記された国書に由来する元号が使われた」というはじめてのことが今回起こったわけですが、「なんかすごいなあ」と阿呆のような感想をもらしてしまいました。
それと同時に報道を見たり、ツイッターを眺めたりしても、そのことにあまり「驚いていない」ことに僕は驚いています。
とりわけ“伝統を重んじる保守”の人たち。このことについて怒らないのでしょうか?
元号に前例のない国書由来のものを使ったのはけしからん!」という声は聞こえてきません。
1374年間という、とてつもなく長い期間続いてきたこと=“伝統”を変更したのに。
今年は皇紀2679年ですが、その半分以上続いてきた“伝統”ですよ、それって日本で最も長く続いている慣習なのではないでしょうか。

それに関連して、何やら不思議な記事がありました。


日本の元号は出典が確認されている限り、中国の儒教の経典「四書五経」など漢籍を典拠としてきた。安倍政権の支持基盤である保守派には、日本で記された国書に由来する元号を期待する声がある。

新元号、午前11時半に発表 数案から選定、首相会見へ


“伝統を重んじる保守”の人たちが、1374年間の慣例を破って初となる日本で記された国書に由来する元号を期待している、という記事です。
実に奇妙です。
なんで“伝統を重んじる保守”の人たちが、日本で最古の伝統といっちゃいましょう、元号の“伝統”を捨てることを期待しているのでしょうか?
もしかしたら4/1(月)に行われた以下の安倍氏元号に関する記者会見でのこの言葉に納得したからかもしれません。


同時に、急速な少子高齢化が進み、世界がものすごいスピードで変化をしていく中で、変わるべきは変わっていかなければなりません。平成の30年間ほど、改革が叫ばれた時代はなかったと思います。政治改革、行政改革、規制改革。抵抗勢力という言葉もありましたが、平成の時代、様々な改革がしばしば大きな議論を沸き起こしました。他方、現在の若い世代、現役世代はそうした平成の時代を経て、変わること、改革することをもっと柔軟に前向きに捉えていると思います。

平成31年4月1日 安倍内閣総理大臣記者会見 | 平成31年 | 総理の演説・記者会見など | ニュース | 首相官邸ホームページ


これに納得したのならだいぶ物分かりの良い人たちのようです、“伝統を重んじる保守”の人たちとは。

でもですよ、でも、1374年間も続いてきたものが変更されてこんな数行の言葉で納得しちゃうものなのでしょうか?
僕は“伝統を重んじる保守”の人たちとは一線を画しているつもりですが、そんな僕でさえ、「そんな簡単なものなの?」と心配に思ってしまいます。

僕は「“伝統を重んじる保守”の人たちは“伝統”を1mmも変えてはならんではないか!」と言いたいのではありません。
時代を経れば何でも形は変わっていくものでしょう。
それを急激な形でなく、徐々に実行していくのが保守というものだと僕は認識しています。だから保守は変化を通常に備えているものです。
ただ1374年間も続いたものをすんなり捨ててしまうことに何の葛藤も、思案もなく受け入れてしまうというのはどういうことでしょう?
さすがに物分かりが良すぎはしないでしょうか?
夫婦別姓には「伝統的家族観が壊れる!!」とすごい勢いでまくしたてるのに。
こんな感じで

 

 
(日本で夫婦同姓が制定されたのは1898年。そこから彼らの“伝統”がはじまりました)


そこから僕が思うことは、「“伝統を重んじる保守”の人たちの“伝統”とは、“自分たちの好み”なのではないか?」」ということです。
自分たちが好きなものが“伝統”。
伝統の名を借りたただの“都合の良い選択”です。なんとも薄っぺらいもので。
(いくら長い間慣習にあったものでも自分の都合の良い選択で何の躊躇もなく即座に捨ててしまう彼らが「保守」などではないことはここに明確にしておきます)

1374年間も続いた「元号漢籍から」という事実は彼らにとって“伝統”ではなかったのでしょう。お気に召さなかったのでしょう。
何がお気に召さなかったのかといえば、端的に「元号漢籍=中国の書に由来する」ということです。
“伝統を重んじる保守”の人たちのこれまでの行動、発言を振り返れば、それは説得力のある指摘だと思います。
単なる「嫌中」でしょう、これは。
彼らの大好物な「嫌中」が結実した「漢籍由来ではない元号」だからこそ、1374年間も続いた慣習だろうがなんだろうが何も言わずに歓迎したのでしょう。
さらに「嫌中」の裏面ともいえる「日本スゴイ」が、安倍氏や菅氏、“有識者”のエライ方々の「国書、国書」の連呼によって充足されたのでしょう。

コンボですよ、コンボ。
それら二重の喜びの前では、「元号に前例のない国書由来のものを使ったのはけしからん!」などという声が出るはずもありません。

 

以下は4/1(月)のNHKニュース9』に出演した安倍氏の発言書き起こしです。ちょっと長いのですが引用させていただきます。(クリックすると全文読めます)
buuさん(https://twitter.com/buu34)という、国会などの書き起こしをツイッターでやられている方のツイートをお借りします。(「アレ」というのは安倍氏のことです)

 

「令和って言うのは、今まで、中国の漢籍を典拠としたものと違ってですね、自然の一つの情景が目に浮かびますね。厳しい寒さを越えて、花を咲かせた、梅の花の状況、それが今までと違う」

 

「あの、長い間歴史の中で、ずーっとですね、中国の、漢籍、を典拠として元号を決めておりました。しかし、この1400年、元号の歴史をつむいでくる中に於いてですね、やはり、この、ニッポンらしい、え、国書、からですね、あの、ほ、を典拠として、元号を、新たに、発表すべきではないか」


安倍氏の薄汚い「嫌中」「日本スゴイ」意識が元号制定に使われていること、暗澹たる気持ちになります。
グロテスク


ちなみに元号の最終決定は「人気投票」だったらしいですよ。


有識者懇の林真理子氏が「(令和は)一番人気があった。美しい。これで万葉集ブームが起こるのではないか」と官邸で記者団に語る。

新元号ドキュメント(2) 山中氏「中国古典からも案」 林氏「一番人気があった」 その瞬間、有識者も拍手 - 毎日新聞


どんな理由で選ばれたのかも分からないその界隈の有名人である、あえていいますと、“こんな人たち”の人気投票で決まった(決まった形になった)ようですが、これについてはいかが思われますか?

 

昨日4/2(火)のTBSラジオ『Session22』の特集は、
「新元号は「令和」に決定。お祭り騒ぎの一方で、いま、本当に考えるべきこととは?」原武史×片山杜秀×荻上チキ
というものでした。

www.tbsradio.jp
こちらから音声を聞くことができます。「天皇」を研究されてきた原さん、片山さんお二人の話は実に勉強になりました。
中でも片山さんの
「今回の元号制定、発表をみて安倍首相の権力の大きさを感じずにはいられませんでした。自分がお膳立てをして、制定して、発表してと、元号制定が首相の力が誇示されるものになっていくのではないか」
といった主旨の話は実に興味深く、重いものとして今でも残っています。
オススメです。

 

ちなみに東京新聞に「元号制定手続き」が掲載されていましたので、こちらに書き記しておきます。ご参考までに。

 

元号制定手続き(全文)

元号法に定める元号の選定については、次の要領によるものとする。

 

一 候補名の考案
(一)首相は、高い見識を有する者を選び、これらの者に次の元号とするのにふさわしい候補名(以下「候補名」という)の考案を委嘱する。
(二)候補名の考案を委嘱される者(以下「考案者」という)の数は、若干名とする。
(三)首相は、各考案者に対し、おおよそ二ないし五の候補名の提出を求めるものとする。
(四)考案者は、候補名の提出にあたり、各候補名の意味、典拠などの説明を付するものとする。

 

二 候補名の整理
(一)官房長官は、考案者から提出された候補名について、検討し、および整理し、その結果を首相に報告する。
(二)官房長官は、候補名の検討及び整理に当たっては、次の事項に留意するものとする。
ア 国民の理想としてふさわしいような良い意味を持つものであること。
イ 漢字二字であること。
ウ 書きやすいこと。
エ 読みやすいこと。
オ これまでに元号または贈り名として用いられたものでないこと。
カ 俗用されているものでないこと。

 

三 原案の選定など
(一)首相の指示により、官房長官は、内閣法制局長官の意見を聴いて、新元号の原案として数個の案を選定する。
(二)官房長官は、各界の有識者の参集を得て、元号に関する懇談会(以下「懇談会」という)を開催し、新元号の原案につき意見を求め、その結果を首相に報告するものとする。懇談会のメンバーは若干名とし、官房長官が選考する。
(三)首相は、新元号の原案について衆院および参院の議長および副議長である者に連絡し、意見を伺う。
(四)全閣僚会議において、新元号の原案について協議する。

 

四 新元号の決定
閣議において、改元政令を決定する。