政治家のFacebookを考える

先日、安倍氏Facebookの書き込みが話題になりました。


6/12付の安倍氏の書き込み


――ここから――


毎日新聞のコラムで元外務省の田中均氏が、安倍政権の外交政策について語っています。
このインタビューを読んで、私は11年前の官房副長官室での出来事を思い出しました。


拉致被害者5人を北朝鮮の要求通り返すのかどうか。
彼は被害者の皆さんの「日本に残って子供たちを待つ」との考えを覆してでも北朝鮮の要求通り北朝鮮に送り返すべきだと強く主張しました。
私は職を賭してでも「日本に残すべきだ」と判断し、小泉総理の了解をとり5人の被害者は日本に留まりました。
予想通りその判断は毎日新聞や一部マスコミからも批判的に報道されました。


しかし、その後 田中均局長を通し伝えられた北朝鮮の主張の多くがデタラメであった事が拉致被害者の証言等を通じ明らかになりました。
あの時田中均局長の判断が通っていたら5人の被害者や子供たちはいまだに北朝鮮に閉じ込められていた事でしょう。


外交官として決定的判断ミスと言えるでしょう。それ以前の問題かもしれません。
そもそも彼は交渉記録を一部残していません。彼に外交を語る資格はありません。」


――ここまで――



といった内容についてです。
これについて様々なところで報道されました。



――ここから――



田中均氏、外交語る資格なし」 首相、FBで痛烈批判


 安倍晋三首相が12日、自身のフェイスブック(FB)で、北朝鮮と日本人拉致問題をめぐる交渉にあたった田中均・元外務省アジア大洋州局長を批判した。田中氏が同日付の毎日新聞のインタビューで「右傾化が進んでいると思われ出している」などと安倍政権の姿勢に懸念を示したことに反論した格好だ。
 首相はFBで、2002年に北朝鮮から一時帰国した拉致被害者5人の扱いを政権内で議論したとき、田中氏が「送り返すべきだと強く主張した」と指摘。官房副長官だった首相が小泉純一郎首相(当時)の了解を得て日本国内にとどめたと説明した。
 首相は「(田中氏の)判断が通っていたら、被害者や子供たちはいまだに北朝鮮に閉じ込められていた」と強調。「外交官として決定的判断ミス。そもそも彼は交渉記録を一部残していない。彼に外交を語る資格はない」と、田中氏を痛烈に批判した。


http://www.asahi.com/politics/update/0612/TKY201306120402.html
朝日新聞デジタル 2013年6月13日0時2分

――ここまで――



これに対して民主党細野豪志氏がツイッターで反応し、さらにそれに対して安倍氏Facebookで反応する、といった流れが現在も続いているようです。
また、自民党小泉進次郎氏が一連の安倍氏の行動に対して、
異議を申し立てるといったこともありました。



――ここから――


小泉・自民青年局長:「批判は政治家の宿命」 首相のFBにクギ
毎日新聞 2013年06月19日
 安倍晋三首相がフェイスブック(FB)で田中均外務審議官を「外交を語る資格はない」と批判したことをめぐって、自民党小泉進次郎青年局長は18日、「個人の名前を挙げて反論、批判はすべきじゃないと思う。政治家が、いちいち批判に反応していたらきりがない」と指摘した。国会内で記者団の質問に答えた。
 小泉氏は「首相は何をやっても批判はある。面白くないな、分かっていないな、と思うことがあっても、政治家の宿命だと思いながら結果を出すことに専念したほうがいい」。首相と同じようにFBに個人アカウントを持って発信することには「読書や勉強の時間を犠牲にしかねないという思いがある」と話した。


http://mainichi.jp/select/news/20130619ddm005010141000c.html


――ここまで――



6/20現在の安倍氏Facebookのフォロワーは、
366,586人とのことです。
冒頭の書き込みにコメントをしている人が1,022人、
いいね!をしている人が24,025人です。
コメントをざっとですが読み見すると、
ほとんど全てが安倍氏の書き込みに賛同する意見のようです。
そりゃそうですよね。「そういう人」が集まっている場所なのですから。
36万人あまりの人の中には安倍氏の発言をチェックするためにフォローしている人もいると思いますが、ほとんどは安倍氏を好ましく思っている人たちがフォローしているのだと思います。


安倍氏の書き込み、それに賛意を示す人々に何かを言いたいわけではありません。
来月の参議院議員選挙は、‘ネット解禁選挙’とも言われています。
それが、今後の政治家がよりネットを使って選挙活動をする機会が増えることを意味するのにあたり、特に重視されそうなFacebookを使う政治家について考えてみたいと思い、これを書いています。
その材料として、安倍氏の一連の流れは興味深いと思い、
長々とですが触れてみました。



政治家本人にFacebookで何をしたいのですか?と聞けば、
「情報発信」と10人が10人答えるのではないでしょうか。
もちろんその先には「支持者を増やしたい」といった想い込みで。
政治家が実際にFacebookをやってみると、
「情報発信」よりも、「支持者を増やしたい」の方に重きを置くようになるのではないかと想像します。
それは「政治家の欲望が露骨に姿を現したから」ではなく、
Facebookは支持者を増やすのに適している」と政治家が気付くことによります。
ここで使う「支持者を増やす」には、支持者数を増やすということもありますが、支持者に自分の考えを伝えることにより強固な支持者となってもらう、ということも含みます。
Facebookは支持者を増やすのに適している」という政治家の感想は、
この「支持者に自分の考えを伝えることにより強固な支持者となってもらう」方に力点が置かれるようになるのではないかと想像します。
つまりは、
Facebookは私の考えや政策を支持者の人に理解してもらうのに最適だ」
と。


これまで自分のことを知らなかった人や政策が届いていない人などに自分の考えを知って欲しいという「情報発信」をそもそもの目的にとして始めたFacebookですが、いつしか「支持者を増やす」殊に「強固な支持者を作る」という、‘支持者’に向けて発信することに目的がシフトするようになるのではないでしょうか。
それは意思をもった目的ではないと思います。
「強固な支持者を作る」ことを明確に意図する形ではなく、
結果的にそうなっていくのだと思います。
その原動力になるものが「全能感」ではないか、と僕は考えます。



ここで再度引用です。
自民党ソーシャルメディアの投稿監視サービスを導入したという記事です。


――ここから――


ソーシャルメディアの投稿監視サービス、ガイアックス自民党に納入
 ガイアックスは2013年6月19日、ソーシャルメディア投稿監視サービスを自民党に納入したと発表した。参議院候補者の公式アカウントについて、第三者のコメントによる誹謗中傷やデマ、荒らし行為などを監視する。
 Facebookについてはガイアックスが管理の委託も受け、必要に応じてコメントを消すなどの対応をする。Twitterはメンションを監視して、誹謗中傷やデマなどへの即時対応が必要な場合に自民党に連絡する。
 ガイアックスは独自開発したソーシャルメディアの投稿監視ツールなどを持っている。今回のサービスでは、Focebookの個人ページへのコメント投稿をモニタリングするアプリケーションを新たに開発した。このアプリケーションを利用しつつ、有人監視と組み合わせてリスクを判定していく。
 同社は自民党ソーシャルメディアのリスク対応チームにも参加。自社サービスとしてはレピュテーション(評判)分析などは実施しないが、ソーシャルメディア全般のリスク対応などをアドバイスしているという。


http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20130619/486303/



――ここまで――



これが意味するところは、
政治家自身が目にするのは自分に対する肯定的な意見にのみ
ということです。
のみ、というのは言い過ぎかもしれませんが、
否定的なものはほとんど削除される、と考えた方が良いかと思います。
引用中「誹謗中傷やデマ、荒らし行為」がどういうものを指すのかは
わかりませんが、同じような規制をかけている芸能人やスポーツ選手のブログなどのコメントの品行方正ぶりを見ると、その範囲はけっこう広いものではないかと思います。
「政治家たるもの異なる意見をもつ人の話もしっかり聴く」
といった‘公人’としての態度を政治家は持つことができるのかもしれませんし、
その理念で削除対象を決定する方針のかもしれませんが、
そのことについて僕は期待をしていません(笑)。
外部の人間が実際に削除作業をするなら尚更です。
結果、政治家自身は自分に心優しい意見ばかり目にするようになると思います。
政治家が目にする自身に肯定的な意見の集合体が、
その人を心地良くさせることは容易に想像できます。
自分を肯定してくれる場所は、誰しも心地良いものです。
出来ればずっとそこにいたいものです。
そして、その状態を維持するため、肯定してくれる人が喜ぶような意見や行動をし、さらなる自分を肯定する場所としての強化をはかります。
それはいつしか極めて純度の高い‘全能感’という領域に達してしまうことは自然の成り行きと言えるのではないでしょうか。
その全能感はいつしか政治家を蛸壺の中にいざなう媚薬となります。


その格好の見本があります。
度々のご登場を願うのは恐縮ですが、安倍氏です(笑)。


「聴衆の中に左翼の人達が入って来ていて、マイクと太鼓で憎しみ込めて(笑)がなって一生懸命演説妨害してましたが、 かえってみんなファイトが湧いて盛り上がりました。ありがとう。 前の方にいた子供に「うるさい」と一喝されてました。立派。彼らは恥ずかしい大人の代表たちでした」



これは6/9にFacebookツイッターにアップされすぐに削除されたようです。(画像はツイッターのものです)
安倍氏が渋谷で街頭演説をしていた時に、そばで反TTPのプラカードを持っていた人たちについての書き込みとのことです。
この内容を読むと、情報を送りたい対象が不特定多数ではないことがわかります。
安倍氏曰くの「左翼」でない人たちに向けての言葉です。
この言葉において、(笑)が侮蔑の意味をもっていることは明らかでしょう。
これについて安倍氏が大阪の市長のように「誤解だ、誤報だ」というなら、
「そんなこと言う前にご自分の言語運用能力について100時間考えてみなさい」
と言ってやります(笑)。
安倍氏曰くの「左翼」の人が読むことを前提としていない言葉です。
それは、安倍氏の常々の政治信条を知る者には、
「右翼」=自分側の人間=フォロワーに向けた言葉であることと
瞬時に了解されるでしょう。
要は、フォロワーを喜ばせる言葉なわけです。
「安倍さん、負けないで頑張って!」「アホなんか相手にしないで(笑)」
「ギャーギャーうるさい左翼なんか大したことないですよ」
などなど、安倍氏を肯定する言葉が返ってくることを期待、というより、
確信しての言葉とも言えます。
(上記の「」内の言葉は創作です)
その状況を楽しむため、より昂揚させるための言葉。
それを定期的に発することで、たくさんの自分を肯定し、支持する言葉を
得ることができ、それがいつしか全能感として身体中を巡るようになります。
その全能感に覆われた安倍氏は蛸壺に嵌っていく可能性は高いと思います。
(上記の書き込みを見る限り、すでに嵌っていると僕は判断しますが笑)


ここで言う「蛸壺に嵌る」とは、他の価値観との交渉を絶ち、自分たちの価値観を純化させていくという意味です。
安倍氏が言葉を発し、それにフォロワーが肯定的な意見を返し、さらに安倍氏が言葉を発し、、、、、という過程の中で、安倍氏、フォロワー双方の高揚感も高まり、言葉、考え方はより先鋭化されていくと考えるのはそれほど的外れなことではないと思います。
その先鋭化により、価値観の純化はどんどん進みます。


もちろん、安倍氏はネットの中で生きる人ではありません。
総理大臣として国会にもでれば、海外の要人とも会います。
ネットに対してリアルという言葉を使えば、
安倍氏はリアルの部分の方が当然大きいわけです。
しかし、思うことは、リアルとネットは相互に関係しないのか、
ということです。
リアルはリアル、ネットはネットとお互いは別世界の出来事として、
割り切ることが出来るものなのか、ということです。
僕の考えでは、そんなことはできません。
リアルとネットは必ず影響しあいます。
ネット上で先鋭化した言葉、考えは、当然リアルにも影響を与えます。
自分と同じ価値観で純化された、他価値との交渉を絶った居場所における自分の発言、言葉遣い、考えは、リアルにおけるその人にも滲み出るものです。
日本国の総理大臣というものは、価値感、思想に関係なく、
全ての日本国民を統べる役職にある人間です。
その人間がある特定の価値観しか認めない蛸壺で喜んでいる様は、
笑えない喜劇です。
総理大臣のみではありません。
政治家は、ある特定の価値観に過度に依存しない、
例え自分とは違った価値観に対しても誠意をもって応答するべき立場にある、
と僕は考えています。
蛸壺に嵌ることでその政治家の任務は阻害され得ます。



安倍氏の例をたくさん引きましたが、
安倍氏に対してどうこう言いたかったわけではなく、
政治家全般についてのFacebook(をはじめとするSNS)について考えてみたいと思い書きました。
上記は僕の作った「ストーリー」です。
必ずそうなる、とは言えません。
安倍氏Facebookや他の政治家のツイッター
実際の活動に対するネットでの政治家、一般の人の反応などを見て組み立てた
僕の想像であり、創造です。
ただ、政治家がFacebookなどを使う際に陥る可能性のあるものだとは
思うので、
「蛸壺に嵌っていないか」
を一つのチェック項目として見て行きたいと思っています。