本と人との出会い方〜『南の島に雪が降る』


本(に限らず映画でも音楽でも何でも)を読んだ感想や評論は世に数多くあります。
自分も書くことがあります。
しかしそれとは反対に、本を読む前の思いや考えについての文章というのはそれほどないように思います。
平たく言えば、「なぜこの本を読むのか?」という文章です。
このような文章を想像したとき、何だかとても面白そうな気がしました。
読後の感想などの文章は、メインはその本の内容についてになります。
読前の文章とはどのようなものになるのでしょうか?
当然内容は知らないのですから、本の内容ではないはずです。あったとしても前情報くらい軽いものです。
そのメインは、「なぜこの本に興味をもったのか?」や、「この本の何が気になったのか?」など、その本に対する´欲望´になることが予測されます。
それは瞬間的な軽いものかもしれませんし、それまでの人生を総括するような極めて重いものかもしれません。
他者の´欲望´なぞに魅力はそれほどないようにも思えますが、「それと本がどのように結びついたのか?」という話は、その本の一端を知るとともに、人と本との出会い方の実例をみることでもあります。
僕は、「人と本のつながり」について興味があります。
本屋さんで岩波文庫の棚の前に行くと、「一体どんな人がこの本を読むのだろうか?」という本がけっこうあります(失礼な!)。しかし、次に訪れたときにその本がなくなっているのを見ると異常な感動に襲われます。
「誰が買ったのかわならないけど、何がどうあってその本に行き着いたのだ!」という身も震えるような疑問が燃料となって。
その本と買った人の出会いの物語を想像すると、僕は何だかとても幸せな気分になります。
そんな幸福な物語を文章にできたら嬉しいものです。





様々な出版社のメルマガに登録していて、たびたびメールが送られてきます。
その中でも岩波書店筑摩書房のものは特に楽しみにしています。気になる本があること率が高い、という単純な理由です。
先日届いた筑摩書房のメルマガにも文字が目に入ってきた瞬間に、「これは買わねば!」と思った本があります。それが加東大介著の『南の島に雪が降る』でした。
何に反応したのかと言えば、著者の加東大介という名にでした。
この名前をみると僕は、敗戦直後〜昭和50年頃の日本映画であり、俳優の豊潤さが条件反射のように身を駆け巡ります。


加東大介さんは僕が大好きな俳優の一人です。
黒沢明監督の『七人の侍』の中でのっそり、つるっとした七郎次役が加東さんを観た初めてでした。三船敏郎さんや志村喬さんなど、名優が数多く出演していた映画ですが、その中でも加東さんの存在感は抜群でした。カッコイイ役でもないのですが、何だか頭の中にスルスルと入ってきたのをよく憶えています。「何だかわからないけどすごい」という阿呆のようなことを感じ、それ以来僕にとって加東さんはそんな俳優になりました。その後、『ここに泉あり』などで加東さんを観ました。それらでも『七人の侍』のときのように、のっそり、つるっとした雰囲気を身体中から出しているようで、何だかほっこりしたのですが、「何だかわからないけどすごい」という曖昧ですが確かな感想がますます強固になっていきました。いつしか僕の中で加東さんは昭和の日本映画を象徴するような俳優となりました。
なぜなら、僕は昭和の日本人俳優に好きな人が多いのですが、何がすごいのかを言語化できずにいて、いつも「何だかわからないけどすごいなあ」と涎を垂らしているような状態で、そう思った最初の俳優が加東さんだったからです。加東さんが僕にとって昭和の俳優の豊潤さを思いおこさせる存在であるとは、そのような理由によります。


筑摩書房からのメルマガにあった「加東大介」という名前を見ただけで、駆け巡った昭和俳優の豊潤さによって幸せな気分になり、「これは買わねば!」と思ったのは僕にとって自然なことでした。
本のタイトルを見てもそれがどのような内容か想像つきませんでした。
小説なのか、随筆なのか、それとも他のものなのか。俳優以外の加東さんを知らない僕には大いなる疑問でした。メルマガにはこのような文章で本の紹介がありました。


「招集された俳優加東はニューギニアで死の淵をさまよう兵士たちを鼓舞するための劇団づくりを命じられる。感動の記録文学。解説 保阪正康・加藤晴之」


おお、戦争文学なのか!
正直驚きでした。加東さんが戦地にいっていたこと、小説を書いていたこと。そのことは知りませんでした。
生まれた時代、年齢を考えれば戦地に行くのは当然のことなんだな、と頭を巡らせることで出征していたことは落ち着きましたが、小説を書いていたことはそれをおさめる材料もなく、ただただ驚きのまま残っていました。
戦争文学といえば、『レイテ戦記』、『野火』、『俘虜記』などの大岡昇平、『従軍日記』の久生十蘭、『生きている兵隊』の石川達三などを思い出すのですが、その中に加東大介南の島に雪が降る』も入るのだなあ、という感動にその驚きは変わりました。


ここのところ、『帰還兵はなぜ自殺するのか』(デイヴィッド・フィンケル著)、『本当の戦争の話をしよう』(伊勢崎賢治著)や映画『アメリカン・スナイパー』(クリント・イーストウッド監督)など、「戦争の現場」を主題にした作品に触れる機会が多くありました。
それも偶然ではなく、自分から望んでです。
集団的自衛権行使や自衛隊の海外での活動などについての政府や与党の話を聞いていると、それは「頭で考える戦争」でしかないのではないか、とい疑問が日に日に強まってきていました。
一人ひとりの「顔」を無視した数字や国単位での戦争。
そのような「戦争」に対してひどく嫌悪感がうまれてきて、それから離れるために戦争における「顔」をみたいと思うようになった結果が、上記の作品に触れた理由でした。


南の島に雪が降る』もそんな「顔」をみる作品なのではないか。
身体中がゾクゾクしました。すぐに本屋さんへいき、購入しました。


俳優・加東大介に大きな影響を与えたであろう戦争体験を知ることは、加東大介さんのすごさを理解するきっかけになるかもしれない。さらに、それが昭和俳優のすごさを理解することになるかもしれない。
そんなことも楽しみに読みたいと思います。