「忘れない」と「憶えている」


東日本大震災が起こって4年が経ちました。
2011年3月11日14:46、僕は仕事の打ち合わせをビルの1階でしていました。
ガタガタと揺れだして、物は落ちるわ、棚のドアがバタバタいうわでただただ狼狽えるばかりでした。「建物が潰れるんじゃないか」という感覚のみですぐにビルから出て駐車場で揺れが収まるのを待ちました。
そこは群馬県桐生市だったのですが、震度は6弱だったと思います。いくつかの建物で、窓のガラスが割れたりしていました。
本当に怖かったです。揺れの中にいるその瞬間に何かが落ちてこないか、地面が割れないか、建物が倒れてこないかという身体に飛びかかってきそうな生感のある危険と、「これから何が起こるのだ!?」という未知なことへの漠然とした恐怖がそこにはありました。今でもはっきりと覚えています。
打ち合わせ相手の60代の方は、「こんな地震はじめてだ」と言っていました。
その後福島第一原子力発電所の事故も起こり、地震の被害、原発事故の被害あわせて4年経った現在でもまだまだ東日本大震災の爪痕ははっきりと残っています。
爪痕が今なお残っていることは誰もが知っていることですが、3月11日が近づいてくるとそれをリマインドするかのようにテレビやラジオなどから「忘れない」といったメッセージがひっきりなしに流れてきます。
今年もそうでした。
数多くの「忘れない」を見聞きしました。タレントや俳優、歌手などの方々が何度も何度も繰り返していました。それは、仕事ということを差し引いても悪意の一切ない善意の言葉であることははっきりしています。そもそも悪意など出す必要もありませんし。各人の心からの思いを込めた言葉であるといっても差し支えないと思います。
ただ、僕は「忘れない」という言葉に違和感をもっていました。「何だかよくわからないけど何か嫌」といったモヤモヤ感たっぷりの曖昧なものだったのですが、数年聞き続けてきたこと、さらに震災から4年という年月が経ったことで、なぜ嫌なのかがわかったような気がしますので、そのことについて書いてみたいと思います。


「忘れない」という言葉は、「動作」を表すものです。「打つ」や「食べる」などと同様に「動作」を表す言葉です。その特徴は一回性にあります。「打つ」や「食べる」は、一度打ったり、食べたりしたらその動作は完了します。再度打つことを表現したければ改めて「打つ」という言葉を使う必要がありますし、再度食べることを表現したければ改めて「食べる」という言葉を使う必要があります。連続性を求めたければ何度も何度も表現しなければなりません。
「忘れない」もその種の言葉です。「忘れない」と言うことで、その対象のものを忘れないということを表現できます。(当然ですが)ただその意思表明を継続させるためには、何度も何度も言い続けなければなりません。「忘れない」という言葉は一回性のものです。忘れないことを表明するためには、その都度「忘れない」という言葉を使わなければなりません。だからこそ、毎年毎年テレビやラジオで「忘れない」と言い続けているのでしょう。何度も何度も。「忘れない」という「動作」の言葉の特徴を十分認識しているがために、言い続けているのだと思います。
しかし、言い続けてはいますが、それは主に3月11日付近においてです。例えば、8月に東日本大震災のことを「忘れない」という人をそれほどテレビやラジオで見聞きする機会はありません。『SMAP×SMAP』で毎週募金を呼びかけているSMAPくらいでしょうか。
「動作」の言葉の特徴は、再三になりますが、一回性です。3月11日付近に「忘れない」と言えば、向こう一年その言葉が有効かといえば、そうではありません。その場での意思表明であって、「今」という意味が自動的に含まれています。「動作」の言葉とはそういうものです。
「忘れない」という言葉が一年中使われるものではないのが現状です。
そのような現状において、3月11日付近に頻発する「忘れない」という言葉に、取ってつけたような薄っぺらさを何だか感じてしまいます。
それが、僕が「忘れない」について抱いていた違和感なのだと思います。
先に書きましたが、それは悪意だとか善意だということではありません。その言葉を発する人は本気だと思います。心の底から「風化させてはいけない。忘れてはいけない」と思っているのだと思います。
「忘れない」という「動作」の言葉についての違和感です。そんな違和感は僕だけのものだったら全く問題ないのですが、ある一つの想像が僕にはあります。
それは「被災者の方々もその違和感を持ってしまっているのではないか?」という想像です。
その想像を露骨な表現で言うなら、「一年に一度だけ思い出したように言うけど、普段どうなの?」です。
これはあくまで僕の想像ですので、被災者の方々が思っていることなのか分かりませんが、
一般的な日本語の感覚がある人は感じることのような気がします。そしてそのような人は多いように思うのです。
「動作」の言葉のもう一つの特徴は、瞬間的な強さです。
「動作」ははっきりしています、やるか、やらないか、です。その二つの差は白黒つけられる分かりやすいものであり、強度となってあらわれます。「忘れない」という言葉には強さがあります。「忘れる」ことをしない、という確かな決意がそこにはあります。ただもう一つの特徴である一回性を加味すると、その強さは落差をとなってあらわれます。「忘れない」と言う時と、それを言わない時の落差です。
「動作」の言葉がもつ瞬間的な強さが引き起こす落差。
人はその瞬間的な強さよりも、落差に注目してしまうものではないでしょうか。
つまり、「忘れない」というその言葉が発せられた瞬間の思いよりも、その時以外の「忘れている普段」に目がいってしまうものなのではないかと思ってしまうのです。
僕が被災者の方々の立場だったら、恐らくそう感じます。


そのような状況は誰も望んでいるものではないでしょう。
「忘れない」と言う人にとっても、被災者の方々にとっても。
どのようにその状況を回避できるのかを考えると、やはり言葉によらなくてならないのではないかと思います。
「忘れない」という「動作」の言葉ではないもの。それに対応する言葉を考えるとこのような言葉が思い浮かびます。
「憶えている」という「状態」の言葉。
「忘れない」に対する「憶えている」であり、「動作」に対する「状態」。


「状態」の言葉の特徴は時間性があることです。「動作」の言葉の一回性とは反対です。
その言葉は一言発せられるだけである程度の時間の間有効です。そのような印象を受ける、と言ったほうがいいでしょうか。あくまで言葉です。それを使った人、聞いた人がどのような印象を持つかが重要です。
「忘れない」と「憶えている」。
この二つをそれぞれ言われたとき、印象は違ったものになります。
「忘れない」については散々書いてきました。
「憶えている」について言えば、瞬間的な強さはないかもしれませんが、途切れることない継続性を感じはしないでしょうか。それ程熱くもない温度かもしれない、ただそれが継続的に続いていく。
恐らく、震災から時間が経てば経つほど、「忘れない」という決意よりも、「憶えている」という継続性の方が有効になるのではないかと僕は思います。
例えば、父親の10回目の命日にフラッと「お線香をあげさせてください」とやってくる人に妙に親しみを感じるように。「憶えていてくれたのか」という嬉しさによって。


東日本大震災は日常性のうちにあるものです。
地震が何百年に一度のものであっても、それによって何が起こったとしても、その経験によって現在を生きている人々にとって、連続性をもつ日常です。
東日本大震災は非日常的な経験のようですが、その経験を経た現実しか選ぶことができません。
そのただ一つの現実が日常でなければ、その人の人生から日常はなくなります。
そんな人生あるはずない。
有り得ない人生にしないためにも、東日本大震災を日常のうちに回収しなくてはならないと思います。
地震前の人生と、地震地震後の人生を断絶させてはならないのだと思います。
「忘れない」というある一面だけを抜き取る「動作」は、震災という「出来事」に対するもので、それは震災を非日常のものとして、日常とは隔絶された特別なものとして扱うことも意味するような気がします。
「憶えている」という継続性のある「状態」を表す言葉には、地震前と地震、そしてその後を繋ぐ時間軸の幅を感じます。そこには過去から現在へと連綿と続く時間の上に成り立つ日常性があります。
被災された方々は、地震を経た日常を生きています。
それに対応する言葉は、「忘れない」ではなく、「憶えている」といった時間の連続性をもったものなのではないかと思うのです。


「いつも憶えていますよ」
そんな継続性のあるメッセージが被災者の方々の気持ちを少しでも癒すことができるのではないか。
時間の連続性を存在させることができるのではないか。
想像でしかない弱いものですが、僕はそう思い、「憶えている」という言葉を使っていきたいと思います。