最近買った本

最近、「こんな本を読んだ」という読後の感想より、「こんな本を買った」という購入の動機、その本との出会い方の方が重要なのではないかと思うようになりました。
その動機に、それまで生きて来た人生における瞬間なる集大成を見、
本との出会い方に、「他」といかにして出会うかの実践を見るからです。
まあ、感想とは全くの別物なので、両方とも意義のあるものなのでしょうけど(笑)。




俳優である山紾努さんの日記です。
内容は、1997年11月〜98年1月まで山紾努さん主演で公演された舞台『リア王』に関するものです。
舞台稽古の半年ほど前から日記が始まっています。
僕がこの本を買ったのは、「俳優の良し悪しって何??」という長年の疑問を解消する手立てになりそうだ、という理由によります。
映画が好きで度々観ますが、どういう俳優が良い俳優なのか、ということが、僕にはよく分かりません。
映画を観ていて「この俳優良いなあ」ということは多々あります。
具体的には、仲代達矢さん、西田敏行さん、高倉健さん、志村喬さん、笠智衆さん、渥美清さんなどなど、名前を挙げることもできます。
しかし、「何が素晴らしいから良い俳優である」の「何が」の部分を自分の言葉として僕は持っていません。
「良いなあ」と思っても、「何が??」と質問されると、言葉に窮してしまうのです。
それはそれで良いなあ、とも思うのですが、ちょっと気持ち悪いので、
俳優の良し悪しの分岐点となる言葉を獲得したい、とここ1、2年考えていました。
その欲望に対しての本書、というわけです。


まだ最初の方しか読んでいないのですが、
山紾努さんの『リア王』をどのように演じようか、その前提となる解釈をどのように得ようか、という格闘が早くも見えます。
稽古前の段階であっても、一行一行の台詞、登場人物の性格や人間としての在り方などを深く考察されている姿にぐっときます。
印象深い記述をいくつか。


「血縁愛は自己愛の延長であり、他者と出会うためには克服しなくてはならないものである」 P66


「演技すること、芝居をすることは、自分を知るための探索の旅をすることだと思う」 P52


今後が楽しみな記述がたくさんあります。
「俳優がどのようなものなのか」というところから、
「良い俳優とはどうのうなものなのか」に対する問いのヒントを得たいと思います。



黒田如水 (新潮文庫)

黒田如水 (新潮文庫)


吉川英治さんの作品がここのところ毎月1冊、新潮文庫で刊行されています。
既発のものとして、『三国志』、『宮本武蔵』そして『黒田如水』があります。
今年の春頃から『宮本武蔵』を読み始めました。全8巻で先日読み終わりました。宮本武蔵という名前は度々聴くのですが、考えてみたら巌流島の決戦しか知らないぞ、ということに気付き、ちょうど新装版が発売されているから、と読み始めました。
宮本武蔵』は、昭和10年8月〜14年7月まで朝日新聞で連載されたようです。これは実に興味深いですね。
昭和11年に二二六事件があり、昭和12年には日中戦争が開戦しています。
その二つの重大出来事を挟んで連載されていたのですね。
新聞連載なので、日々の出来事、風潮、空気が話の筋、というより、話の雰囲気に大きく関わってくるものと思いますが、それが『宮本武蔵』の中にどのように表れるのか、ということに注意しながら読んでみました。
それは別項でまた書きたいと思っているのですが、吉川英治さんの‘武蔵像’に大きな影響を与えたのではないか、ということはやはり感じます。
その一つを挙げれば「精神の在り方」です。
宮本武蔵佐々木小次郎の精神の在り方の対比に、当時の空気であり、人の欲望などを垣間みることができそうです。


そんな『宮本武蔵』を読み終わってしまって、小説部門が手持ちぶたさになってしまったので、吉川英治つながりで『黒田如水』を購入しました。
これは1巻です。来年の大河ドラマの主役が黒田如水だそうで、それを目当てに買うと思われるのもしゃくだな、などと思いながら会計をしました(笑)。
司馬遼太郎さんの作品で、黒田如水を主人公にした『播磨灘物語』を以前読んだことがあるので、だいたいの筋は知っているのですが、司馬さんと吉川さんとではどのように違うのかを感じながら読みたいと思っています。


司馬さんと黒田如水と言えば忘れられない記述があります。
これは関ヶ原の合戦石田三成を主役にして描いた『関ヶ原』の一節です。



「あの男は成功した」といった。ただ一つのことについてである。あの一挙は、故太閤へのなによりもの馳走になったであろう。豊臣政権のほろびにあたって三成までが家康のもとに走って媚を売ったとなれば、世の姿はくずれ人はけじめをうしなう。かつ置き残していった寵臣からそこまで裏切られれば秀吉のみじめさは救いがたい。その点からいえば、あの男は十分に成功した、と如水はいうのである。



石田三成関ヶ原の合戦を振り返る黒田如水の言葉です。
これが黒田如水と僕との出会いです。
司馬さんの創作ですが、僕はこの言葉からとても大きなものをいただきました。




地震・憲兵・火事・巡査 (岩波文庫)

地震・憲兵・火事・巡査 (岩波文庫)


まずどんな本かというと、
「飄逸と反骨で知られ、一貫して民衆の弁護士であった山崎今朝弥の痛快無比の奇文集。自伝的エッセイ集『弁護士大安売』と、関東大震災時の朝鮮人虐殺事件等への批判の書『地震憲兵火事巡査』等から新たに抜粋編集した本書は、社会運動史の貴重な記録であり、特に関東大震災時の一連の虐殺事件を助長した官憲を痛罵した表題作は圧巻である。」


1921年(大正10年)〜1924年大正13年)に刊行された本から編集したものです。
「明治、大正、昭和前期の‘空気’はどんなだったんだろう」
ということに興味があり、それを知る絶好の資料になりそうだと思い購入しました。
大正期の弁護士稼業や社会運動、それに対する世間、権力の見方など、興味深そうです。




血盟団事件

血盟団事件


地震憲兵・火事・巡査』の元本が発行された時代の話です。
1932年に起きた、井上準之助大蔵大臣、三井財閥総帥・団琢磨が暗殺された血盟団事件を、中島岳志さんがノンフィクション作品にまとめあげたものです。
小説風になっているので、とても読みやすいです。
明治後期〜昭和初期の社会情勢が描かれており、それがどのような形で血盟団事件に影響を与えたのかがこの本の大きな柱になっています。
中島岳志さんは小説家ではなく学者なので、資料を細かく紡ぐことで、
それを描いています。
執筆に5年かかった、ということですから、資料を読み込み理解することに限りない労力をつぎ込まれたのだろうと推察します。そのような作業をし、明治後期〜昭和初期の一端を表出させたことに敬意を表したいと思います。


この本で描かれた明治後期〜昭和初期は、富みの集中であり、地方の疲弊であり、政界・財界不信であり、不況であり、変革への希望です。
中島岳志さんは血盟団事件を「現代にも通じるアクチュアルな出来事だ」と指摘しています。
それはもしかしたら、安倍内閣憲法改憲という‘革命的’欲望、橋下大阪市長の既存の枠組みを壊すことを熱望する‘破壊的’欲望を支持する人々による‘グレートリセット’願望という形で、既に現代日本に通じているのかもしれません。


この本で知ったこと
1、 血盟団事件首謀者・井上日召氏が群馬県出身だということ。
2、 五一五事件に関わった川崎長光氏が2012年までご存命だったということ。
3、 血盟団事件の主要人物・四元義隆氏は戦前には近衛文麿鈴木貫太郎の首相秘書を務め、戦後は中曽根康弘細川護煕のブレーンを務めたとのこと。