農業に詳しくない者が考える農業


TPP交渉への参加を首相が表明されたようです。
ニュース的にはちょっと古い話ですが(笑)。
「「聖域なき関税撤廃」が前提ではないことが明確になった」
というのが交渉参加への決め手だったと報道されています。
その「聖域」の最たるものは、米を中心とした農業なのだと思われます。
TPP関連の話になると、
「日本の農業を守れ!」と
「強い農業を作れ!」という二つの意見が定型として登場し、対立構図を作ります。
どっちが良いのか、その前に「どっちが良いのか」という考え方をして良いのか、
分からない程僕にはこの件に関して知識がありません。
なので、そこから少し離れて、
「農業ってどういうもの??」
というそもそものことを考えてみると、少し「TPPに関する農業」が見えてくる気がします。
ここにも僕の知識はないのですが(笑)。


当然ながら、農業は立派な産業です。
それを主産業としている国もあります。
輸出してしっかり農業で稼いでいる国もあります。
TPPに参加すれば、そのしっかり稼いでいる国々と渡り合わなければ
なりません。
だから、立場によって、
「日本の農業を守れ!」と
「強い農業を作れ!」の二つの物言いがでてきます。
「そんな国々とは渡り合えないよ!」という立場の人は、
「日本の農業を守れ!」となりますし、
「そんな国々と渡り合ってしっかり稼げるようにしろ!」
という立場の人は、「強い農業を作れ!」となります。
それぞれの立場でご事情があるはずなので、
どっちが良い悪いとは僕は思わないのですが、
農業そのものの存在を考えた時、「農業は守らなければいけないな」
と思ってしまいます。


僕が考える農業とは、
「戦争や自然災害になって、他国から輸入できない状態になった時にも、
 その国の住人がある程度の期間食うに困らないようにするためのもの」
です。
教育、医療同様、市場原理に任せてはいけない分野なのではないかと思うのです。
これまでの報道を見ていると「強い農業」とは、
「良質なものを、効率的に、大規模に作り、なるべく安価で売ることで稼げる農業」
ということだと僕は解釈しています。
とても素晴らしいことのようですが、
それを成し遂げる過程には日本国内での‘トーナメント戦’が予想されます。
そのプレイヤーは、「農家」ではなく、「企業」だと思われます。
「強い農業」を標榜する時点で「農家」には手に負えないだろうと思うからです。
企業vs企業による「より強い農業はどっちだ?」の戦いが、
例えば、家電や車などど同様に起きるはずです。
「より安く、より良質なものを作る企業はこっち」という市場原理のジャッジが下されれば、
その過程で‘優良な’企業のみが残って行き、プレイヤー数は当然減って行くことでしょう。
ある程度の寡占は当然起こります。
「自動車といえば、トヨタ、日産、ホンダ」などと同様、
「農業といえば、◯◯◯、◇◇◇、△△△」といった形になることは容易に想像できます。
さきほど、


僕が考える農業とは、
「戦争や自然災害になって、他国から輸入できない状態になった時にも、
 その国の住人がある程度の期間食うに困らないようにするためのもの」
です。


と書きましたが、
これを企業ができるのか、という疑問が僕にはあります。
「稼ぐ」ことを第一とする‘企業’という存在が、
僕が考える「農業」を行うことが可能なのか、という疑問です。
恐らくできなのではないか、という危惧が僕にはあります。
戦争や自然災害の際には、通常の経済活動ができない恐れがあります。
もしかしたら、無償で提供する、ということもあり得ます。
それを‘企業’がどこまでできるか。
また、「フットワーク」という点を考えても、
危惧するところはあります。
農業は当然土地が必要ですから、‘企業’が農業を担うという形になっていても、
当然日本全国に農地は存在しますが、
それが‘企業’のものであったら、これまた当然その‘企業’の指示によって、
その農地の作物が管理されます。
作物が目の前にあっても、‘企業’の判断がなければそれを動かすことはできないのではないでしょうか。
「戦争や自然災害など一刻を争う時に住人を救う」という僕が考える「農業」とは少しずれる気がしています。


以上のような理由から、‘企業’による「強い農業」は、何だか僕にはしっくりきません。
農業は、あくまで「その国に住む者を養い、助けるものである」というのが僕の考えです。
だから、そこには補助が必要だと思いますし(その方法、中身は当然議論する必要があります)、「コストがかかるもの」としての受入れも必要だと思います。
昨今の風潮にはあわないでしょうが、
農業は競争の中にさらしてはいけないもの、ではないでしょうか。
‘弱い農業’が国の根幹としてある方が僕は安心します。