「イノベーション」と「ニーズ」

2014年5月6日にOECD閣僚理事会で行われた安倍首相の基調演説を抜粋したものが下記になります。
全体的には、
「経済を発展させましょう。アベノミクスはそれに貢献しています。イノベーションを促進させ、社会のニーズに応え、女性を活用することでさらなる活力にしましょう」
といった感じです。

OECD閣僚理事会 安倍内閣総理大臣基調演説  抜粋


ロボットによる「新たな産業革命」を起こす。そのためのマスタープランを早急につくり、成長戦略に盛り込んでまいります。
 日本では、すでに、介護をはじめ様々な分野で、ロボットを活用する試みが、始まっています。日本は、世界に先駆けて、ロボット活用の「ショーケース」となりたいと考えています。
 ロボットのみならず、あらゆるイノベーションを起こし続けることが、付加価値を高め、経済成長を牽引する鍵であることは間違いありません。
 デジタル革命の立役者であるコンパクトディスク。このイノベーションの物語は、大きなヒントを与えてくれます。
 コンパクトディスクは、なぜ直径が12cmなのか?
 それは、工学部出身のエンジニアたちが決めたのではありません。バリトン歌手からソニーの社長となった、大賀典雄さんが決めたものでした。
 70分近くある「ベートーベンの第九」が、一枚のディスクに入らなければならない。大賀さんの一声で、直径が小さく、収録時間60分という当初案は廃棄され、75分収録できる直径12cmのディスクが生み出されました。
 その結果、音楽愛好家からも受け入れられ、このイノベーションが世界の隅々にまで広がったことは、皆さんがご存知のとおりです。
 「エンジニア」とは異なる「バリトン歌手」の視点があったからこそ、コンパクトディスクが生まれたわけです。
 「エンジニアリングだけがイノベーションを生み出す」という発想を、まずは捨てねばなりません。社会は複雑化しています。経営学や心理学の知見、文化への造詣など、幅広い素養が求められる時代です。
 ある調査では、大学の特許出願のうち、アメリカでは15%程度が新たなビジネスにつながっていますが、日本では0.5%程度しかない。
 日本では、みんな横並び、単線型の教育ばかりを行ってきました。小学校6年、中学校3年、高校3年の後、理系学生の半分以上が、工学部の研究室に入る。こればかりを繰り返してきたのです。
 しかし、そうしたモノカルチャー型の高等教育では、斬新な発想は生まれません。
 だからこそ、私は、教育改革を進めています。学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う。そうした新たな枠組みを、高等教育に取り込みたいと考えています。


http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2014/0506kichokoen.html


ここではイノベーションについて語られています。
イノベーションという言葉を確認します。
内閣府に言葉の説明がありました。安倍首相もこの意味で使用しているのでしょう。

イノベーション(innovation)の語源は、ラテン語の"innovare"(新たにする)(="in"(内部へ)+"novare"(変化させる))とされています。日本語ではよく技術革新や経営革新などと言い換えられていますが、イノベーションはこれまでのモノ、仕組みなどに対して、全く新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことを指します。2025年に向け、目指すべき社会の形とイノベーションを考えるのが「イノベーション25」の目的です。


http://www.cao.go.jp/innovation/


イノベーションはこれまでのモノ、仕組みなどに対して、全く新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことを指します。」
の部分が核心ですね。
抜粋部分から読み取ると、安倍首相の言いたいことは、


1、 成長のためにはイノベーションが必要
2、 イノベーションには幅広い素養が必要(CDの例を出して)
3、 これまでの単一的な方法ではそれは養えない
4、 そのためには教育改革が必要
⇒ 学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う高等教育


ということのようです。
教育改革に熱心な安倍首相の思いが詰まった快心の一撃といったところでしょうか。
そんな快心の一撃に失礼ですが、これを読んだ時に「なんかおかしいなあ」と感じ、読み返してみて分かりました、その部分が。
安倍首相(内閣府)はイノベーション
「これまでのモノ、仕組みなどに対して、全く新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことを指します。」
と規定しています。
「新たな価値を生み出す」ことがイノベーションであるなら、それを実現するために「社会のニーズを見据え」ることは、目的に対して逆効果になるのではないでしょうか。
「社会のニーズ」という既存のものを参考にするなら、「新たな価値を生み出す」という全くの新規のものが生まれるはずがない。
「こういうのあったら嬉しいな」という「社会のニーズ」を実現することは、「新たな価値を生み出す」というイノベーションではありません。
それは改良です。


これは言葉遊びなどではなく、手立てと結果の関係性の誤りであるので、根本的な問題です。
安倍首相や周辺、官僚が、イノベーションとニーズの関係性をそのように考えているのなら、結果として大きな間違いになるでしょう。
それをもとに教育改革が行われるなら、当然それも歪な形のものになるでしょう。