「美味しんぼ」について

もう1ヶ月も前なのですね、漫画「美味しんぼ」の内容が話題になったのは。
僕は実際に読んでいないので内容は知りません。
鼻血が出る、出ないというのが描かれているのを報道で知ったくらいです。
昔はスピリッツを毎週買っていたので、「美味しんぼ」も読んでいたのですが、
買わない期間ができると知らない漫画ばかりになってしまい、益々足が、ではなく手が遠のきますね。
そんなわけで「美味しんぼ」に描かれていることが真実だ、嘘だ、というのは僕には全く分かりません。描かれている事自体知りませんから。
鼻血の話がメインのように報道などで取り上げられていますが、
そんな内容だったのでしょうか?
その鼻血の話についても「真実だ」という言葉と、「嘘だ」という言葉があるようですね。


「真実だ」
http://www.huffingtonpost.jp/2014/05/24/oishinbo_n_5383935.html


「嘘だ」
http://www.minyu-net.com/news/news/0430/news11.html



先日病院の売店で立ち読みした「サンデー毎日」にも、この「美味しんぼ」についての特集がありました。
http://sunday.mainichi.co.jp/blog/2014/05/201461-84e9.html
小出裕章さん、安冨歩さん、和合亮一さんなどが文章を寄せていました。
その中で、名前を忘れてしまったのですが、医者の方がいて、
「科学的に鼻血が出ることはない」
と書いていました。
「そうなのかー」くらいに思って、他の方の文章も読んでいたところ、
和合亮一さんの文章で少し気になったことがありましたので、そのことについて書きたいと思います。


和合亮一さんは、福島在住の高校の国語教師であり、詩人でもある方です。
東京新聞に「往復書簡」という連載ものをやっています。
立ち読みだったので、正確な文章は分かりませんが、和合さんの書かれた主旨は、
1、 風評被害がある
2、福島の人、子供の差別を助長する
といったことだったと思います。


1の方は「美味しんぼ」で描かれていることが真実か、嘘かですぐさまはっきりすることです。
ここで風評被害という言葉を改めて確認したいと思います。



風評被害
根拠のない噂のために受ける被害。特に、事件や事故が発生した際、不適切な報道がなされたために、本来は無関係であるはずの人々や団体までもが損害を受けること。例えば、ある会社の食品が原因で食中毒が発生した場合、その食品そのものが危険であるかのような報道のために、他社の売れ行きにも影響が及ぶことなど。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/241515/m0u/



風評被害を問題にする際は、そこに描かれているものが、真実か、嘘かに注目する必要があります。
上記の意味をもとにすれば、真実によって被る被害は風評被害ではありません。
あくまで、根拠のない噂=嘘によって受ける被害が風評被害となります。
再三になりますが、僕は「美味しんぼ」を読んでいないので、そこに描かれていることが真実か、嘘かに口を出す権利さえありません。
例え読んでいても、科学的、医学的知識がないので判断できないのですが。
なので、風評被害どうこうについては「そうなのかー」くらいに思うだけです。


僕が気になったのは、
2、福島の人、子供の差別を助長する
の方です。
正確な文章ではありませんが、「サンデー毎日」の特集の中で、和合亮一さんは、
「「美味しんぼ」の表現が差別を助長する」
といったようなことをおっしゃっていました。
渦中の双葉市もそのような内容で「スピリッツ」発行元の小学館に抗議をしたようです。
http://www.huffingtonpost.jp/2014/05/07/oishimbo_n_5284774.html


確か、和合さんは文章の中で、特に子供に対する差別について懸念されていました。
震災直後も福島から他県へ避難した際に、「放射能が伝染る」といじめられたり、ガソリンスタンドで「福島車お断り」の張り紙があったりと差別があったようです。
福島に住む和合さんは実際に起こった差別の再来に対して大いなる警戒心があるのだと思います。そしてそれは正直な気持ちだろうと思います。とてもよく理解できます。
そんな差別は卑しいです。
しかし、そのことに理解しつつも、「差別を助長する内容だから」と批判することに対して、僕は引っかかってしまいます。
なぜなら、その批判は、風評被害についてのように内容の真実、嘘を問題とするものではなく、描くことそのこと自体についての批判にならざるを得ないからです。
鼻血が出ることが真実であろうが、嘘であろうが、「差別を助長する」に関しては関係ありません。
それが嘘であったら嘘によって差別は助長されますし、
それが真実であっても真実によって差別は助長されるわけです。
嘘だから差別が助長される、わけではないのです。
なので、「差別を助長する内容だ」という批判者を納得させる事後策は、
批判される側に描いたものを取り消させることであり、描くそのこと自体をやめさせることです。


そこで問題になると僕が思うのは、「表現の自由の侵害だ」というふんわりしたものではありません。それもそうなのでしょうが、より問題になるのは、
「真実であろうが、嘘であろうが、福島に都合の悪いことは描くな」
という‘空気における情報統制’なのではないかと思うのです。
都合の良い、悪いという基準ではなく、しっかり国民に周知させなくてはならないことは確実にあると思います。
そしてそれを漫画や小説、ルポタージュ、報道などで表現することは極めて重要なことです。
「差別を助長するからその内容はダメ」といった批判は、「国民に周知すべき情報であっても差別を助長するものであるなら出してはダメ」と同義です。
「描くな」という‘空気における情報統制’の先にあるのは、それこそ「完全にコントロールされている」という安倍氏の言葉の流れのうちにある欺瞞の類いのものでしょう。


ちなみに僕は「差別を受け入れろ」と言っているのではありません。
差別はする方に問題があるのです。差別を助長するとされた情報に問題があるのではありません。それは別問題です。



「差別を助長する」という批判について思ったことでした。